デジタルトランスフォーメーションに火を付けた、運命の本

アドホクラシー
デジタルトランスフォーメーション / デジタル変革 / DX
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Julian Birkinshaw , Nick Mickshik , Carolina Wosiack

ロンドンビジネススクール(LBS)は、未来の事業家の教育における長年の誇り高い伝統を持っています。LBSで学んだモデルやコンセプトに基づいて会社設立を志す同校出身者は実に多く、その中には非常に有名な人物も多くいます。ここで急進的、革命的な着想を得る学生も少なくなくありません。LBS教授陣は、現在活発な有機的組織で活躍するかつての教え子たちの姿を誇らしく思っていることでしょう。

ブラジルのデジタルイノベーション会社CI&Tの共同創立者であるセザール・ゴン氏とブルーノ・ギカルディ氏は、ロンドンビジネススクールで学んだ経験はありません。実際、どちらもそのキャンパスの土を踏んだことすらありません。さらに、彼らはインターネット革命初期の1995年にカンピーナス大学のクラスメートだったフェルナンド・マット氏と共にカンピーナス大学でCI&Tを設立しており、このストーリーが始まった2016年には、すでに事業家として大きな成功を収めていました。では、LBSの教授の考えに彼らがどう影響を受けたのでしょうか。 

CI&Tはソフトウェア開発コンサルタントとして出発しましたが、ギカルディ氏が思い起こすように、すぐに「物事の構築へと進化し」、アメリカの一流技術会社とパートナーシップ契約を結んで成長を支援する道を求めるようになりました。これが、CI&Tが国内市場で強力な競争力を得て、アメリカ企業との仕事に進出するきっかけとなりました。

CI&Tの会社沿革には注目すべき特徴が多くありますが、中でも特に重要なのは、創立者たちのコミットメントです。彼らは皆コンピュータ工学を学び、クライアントを支援してビジネスを成長させるために厳格な方法論を展開することを公約としていました。1990年代には、これは大規模なソフトウェアの展開のために、当時の業界標準であったウォーターフォール方式を織り込んだ一元的プロセスを展開することを意味していました(同社はカーネギーメロン大学の能力成熟度モデル統合(CMMI)の最高レベルまで達成していました。それを達成した世界最小の会社です)。

CI&Tにとって、方法論は技術的優位を持つことと同じくらい重要でした。「当社ではひとつのプロジェクトを完遂するために必要な450の実践を明確に定義しており、その最大偏差は約4%でした。ソフトウェアのプロジェクト管理条件において、当社はスーパースターでした」とは、ある幹部の言葉です。

この洗練されたアプローチにより、CI&Tは中南米でクラス最高の評判を獲得しました。CI&Tは、業界平均をはるかに超えるプロジェクト引渡しの予測可能性率とコストを実現したことで、大手ブランドがプロジェクト肥大化により失敗した際に助けを求める強力なソリューション開発者として、高い信頼を寄せられてきました。 

2006年に、ブラジルのジョンソン・エンド・ジョンソンとの仕事を終え、CI&Tはアメリカにおける第一歩を踏み出しました。この事業の拡大は大きな成功を収め、翌年にはジョンソン・エンド・ジョンソンへの売上だけでも100万ドルから600万ドルへと成長し、他の数か国での次の段階の仕事につながりました。

アジャイルの到来

2006年、スタートアップ企業から中堅のコンサルタント業へと成長して高い評価を得るようになった頃、創立者たちは画期的な変化が業界を支配していることに気付き始めました。同年、プロバイダとしてのCI&Tを評価するために訪れたYahoo!の上席副社長とのやや失礼な出会いの中で、このように言われました「御社のことも、その企業文化も気に入っています。技術的に素晴らしいことも分かります。一緒に仕事をしたいと考えています。でも、御社のプロセスは全くひどいですね。」 

その言葉が正しいことを証明するため、Yahoo!の上席副社長は、CI&T創立者にインターネット界の巨人との「4か月の実験」を持ちかけました。これは、動きの早い機能横断型チームをカンピーナスとYahoo!のグローバル本部(カリフォルニア州サニーベール)の二つに分けて置くというものでした。

それは、CI&Tにとって、新たに出現したスクラムとアジャイルという方法論との出会いでした。実験の結果は賛否両論ありましたが、プログラミングのクオリティは高く、チームメンバーは新たなモデルが気に入りました。 

創立者たちはこの開発に興味をそそられ、いつもしていたように、テクノロジーの開発に関する最新の記事を読み込んで研究しました。それが今のアジャイルとリーン生産方式の全てでした。ゴン氏はこう記しています。「以前のモデルはソフトウェアファクトリではうまく機能していましたが、イノベーションと創造性を実現するには時代錯誤でした。」 

2年の間に、まさに新たなモデルが走り出そうとしていたアメリカに進出したことで、創立者たちは、ウォーターフォールベースのトップダウン開発の世界は過去のものだと確信するようになり、会社が提供するコアサービスを「アジャイルの大規模な採用」に転換しました。

ギカルディはこう振り返ります。「私たちは、“ウォーターフォールの仕事は引き受けない、アジャイルでなければならない”とやや独断的になりましたが、今にして思えば、この大勝負はうまくいきました。アジャイルの規模を拡大することで食品チェーンに進出できたからです。マーケティングとテクノロジーの世界はひとつにまとまり始めていました。私たちはもはやCIOだけに売り込むのではく、CEOや最高マーケティング責任者と話を始めていました。」

2010年代の初めまでに、CI&Tは大成功を収めたアジャイルサービスのプロバイダへと自らを変革し、国際アウトソーシング専門家協会(IAOP)による世界のベスト企業のひとつとしてたびたびその名を引き合いに出されるようになりました。2013年1月には約1,600人の従業員を有し、その89%がブラジル、2%がアメリカ、残りの9%は他の世界各国という分布でした。 

世界はデジタルに向かう

デジタル技術が日常生活に浸透するにつれて、ビジネスの世界は2010年代を通じて常に進化を続けました。CI&Tはメーカーや銀行などのクライアントを多く抱えており、これらの伝統的会社にとっての緊急の課題とはテクノロジーにより詳しくなり、かつ変化の激しい競争環境に短期間で順応することでした。これは大抵の場合、AmazonやGoogleのような大手テクノロジー企業を見て、その革新的なマネジメント実務を学ぶことを意味しました。 

これはCI&Tにとって、クライアントが求めるものと最も多くの時間をかけることの間の不一致が広がることを意味していました。ゴン氏はこう振り返ります。「2010年代初期、リーン・アジャイルモデルは組織をうまくサポートしていましたが、それは主に堅牢なリーンリーダーシップモデルと当社が組織内に構築したメリトクラシーによってできたことでした。それでも、何か新しいものが必要であることは明らかでした。」

2017年、創立者たちはジュリアン・バーキンショー氏(ロンドンビジネススクールの戦略・起業家の教授)とジョナス・リダーストラル氏(経営専門家、著者)による著書「Fast/Forward: Make Your Company Fit for the Future」と出会いました。これは、1968年にウォレン・ベニスとフィリップ・スレーターが初めて解説した「アドホクラシー」のコンセプトを発展させたものでした。 

「Fast/Forward」は、McKinsey Quarterly誌の執筆者による「アジャイル時代のアドホクラシー」というタイトル記事として誕生しました。これにより、インターネット世代の「分析麻痺」症候群が明らかにされました。分析麻痺症候群とは、過度の情報収集と、合理的・科学的な証拠に対する未審査という先入観により、直感や本音の感情を犠牲にして終わりのない討論に陥るというものです。

執筆者はこう記しています。「この病気は、会社の機能に有害な影響があります。意思決定の質とスピードが低下し、直感的な思考が軽視される独創性の乏しい経営環境を生み出す可能性があります。その結果、多くの会社は、周りの世界がスピードアップしていてもなお、静止状態になってしまいます。」

アドホクラシーのルール

CI&Tの創立者たちは、この言葉を心に留めました。アドホクラシーとは、権力や知識を超えてアクションの優先順位を決めるビジネスモデルが特徴です。ルールやアイデアのフローではなく、問題や機会を中心に組織します。また、ヒエラルキーや議論を通してではなく、実験や試行錯誤によって意思決定をします。さらに、付帯的な報酬や「面白い」仕事による個人的な満足ではなく、ストレッチ目標や評価によって動機付けを行います。

つまり、アドホクラシーのコンセプトとは官僚主義から脱却し、より流動性の高い行動指向型の働き方を必要とするものです。そしてCI&Tチームには、この気質が満ちています。ギカルディ氏は次のように説明しています。「私たちは、融通の利かない仕組みの中で立ち往生するつもりはありませんでした。市場と共に進化できるように、常に流動的でなければなりません。機会重視の起業家的なチームになれるモデルが必要です。私たちがItau(ブラジルの一流銀行)でしたように、より多くの経営幹部のリーダーシップを直接クライアントのチームに入れることも重要です。

「私たちは、融通の利かない仕組みの中で立ち往生するつもりはありませんでした。市場と共に進化できるよう、常に流動的なければなりません。」 

経営幹部のグループは、アドホクラシーのコンセプトを会社に適用する方法についてじっくり考えた末、従来の組織化原則が非常に教科書的であったことを認めました。アドホクラシーは機会を中心とした組織化をベースとし、次のような認識に基づいています:「機会とは一時的なものであり、スピードや透明性の高い活動が不可欠。また、マネジメントは緩やかに行い、管理は柔軟である必要がある」。ギカルディ氏はこう述べています。「この考え方は、一部の活動はまだ正式なルール(官僚主義)または深い分析(メリトクラシー)から恩恵を受けているということをはっきりと示すものでもありました。これにより、アドホクラシーモデルを最も必要とされるエリア(素早い反応やアジャイルが重要となるエリア)に効果的に的を絞ることができました。」

提案の中心となるのは、クライアントフェイシング(クライアントに直接向き合う)成長ユニット(GU)による再構築でした。この成長ユニットには、それぞれ2~3人の幹部による独自の幹部チームと少人数のシニアマネジャーのグループが加わります。そして全てクライアントフェイシングかつ組織横断型の設計であり、様々なスキルを持つ人々が協力してクライアントの問題に取り組みます。

これにより、多くの専門能力の部門・部署が解体され、その人材が成長ユニットに組み入れられることになります。そのため、これを実施するには、大きな懸念もありました。特に既に適切に機能している専門家グループを解体してしまうリスクや、再び新構築の労力を重ねなければならないといったリスクも存在します。

CI&Tの意欲的なプランでは、成長ユニットを実現するために、業績管理への新たなアプローチも必要でした。「予算編成の罠に陥りたくはありません」とある幹部は言います。会社はOKR(目標と主要な成果)方式をGoogleから採り入れました。その幹部はこう説明します。「全員にストレッチ目標または目的が与えられました。たとえば、CI&Tを年25%成長させたい場合、各GUにはその2倍、つまり年50%に挑戦するよう求めるのです。もちろん、全員がそこに到達できるわけではありません。だからこそ、“ストレッチ目標”(現在の能力よりも少し高いレベルの目標)なのです。」

新マネジメントモデルのロールアウト

2018~2019年、新たな実験的な働き方が、最初にブラジル、次にアメリカとアジアで段階的に導入されました。その結果、人々は新たに自分に与えられた重要な責任感を好意的に受け止め、大半はうまく機能しました。ただし逆に、一部の幹部(特に主要な機能エリアを率いてきて、現在はクライアント重視のチームで働く人)にとっては、それまでの権限の喪失という結果にもなりました。大勢の人を配置転換することは、それ自体難しい試みでもありました。ブラジルでは2,000人以上が水平構造から出て新しい成長ユニットに異動しました。アメリカでは約100人が配置換えとなり、実際の転居を伴うという現場の問題もありました。最終的には、多くの人が週単位で通勤することで落ち着きました。

革新的・包括的な変革という課題は非常に困難なものでしたが、2019年8月までには新しいビジネスモデルへのコミットメントが実を結びつつあることが判明しました。CI&Tは過去5年間25%の年間成長率を記録し、このシフトは社員にもクライアントにも好評を得ており、さらに今後数年にわたって成長が期待できそうです。

その間、CI&Tのデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の火付け役となった書籍の共著者であるジュリアン・バーキンショー教授は、その驚くべき取り組みについてまだ何も知りませんでした。偶然にも、Carolina Wosiack氏(当時CI&TのDX戦略トップ、現在はEMEAの執行取締役)が、ロンドンビジネススクールでMSC Sloan Masters in Leadership and Strategyプログラムを受講した際に、最近の会社の変革の基礎哲学を知らせる際に「アドホクラシー」がどれほど役に立ったかを教授に伝えたことで初めて、アドホクラシーの成果を知ることとなりました。当時二人が文書化したCI&T変革の事例研究は、現在LBSの事例ポータルで入手可能です(詳細については下記参照)。

バーキンショー教授は、CI&Tの成功における自身とジョナス・リダーストラル氏の役割を簡潔に振り返りながら、自分たちのアイデアが現実に実を結んだのを知り、控えめに、しかし確かに喜びました。教授の指摘によれば、一個人が(セオリー提唱者と連絡を取らずに)ビジネスマネジメントのセオリーをここまで一途に採用するといったケースはかなり珍しいようです。 

また、戦略を実行するにあたり関係者を説得する勇気をいかに持つかが成功の鍵であることもすぐに指摘しました。「CI&Tの創立者たちについて特に感銘を受けたのは、彼らが絶えず進化する心構えができていたということです。彼らが会社を創立したときには、伝統的なカーネギーメロンのウォーターフォールモデルを使うと決めていました。そして、彼らの成功の理由は間違いなく、基本原則を固守する勇気でもありました。そして同時に、彼らは周りの世界の変化を察知すると、かなり早い段階から新たなパラダイムの到来を見越し、既に確立された通説の方法論を廃止して新たな革新的な方法に取り入れるといった勇敢さも持っていました。」

またCI&Tの成果で際立つのは、その圧倒的なスケールであります。バーキンショー教授は次のように指摘しています。「もちろんこのタイプの変革は、小規模または創業したての会社で、当初からその種のモデルを使っているのなら比較的簡単に実行できます。しかし成熟し確立された組織の場合は、全く別問題です。規模が大きいほど問題は複雑になります。従業員3,000人の会社で達成するのは、本当に大した偉業です。」 

コンセプトとしてのアドホクラシーについては、こう話しています。「アドホクラシーは、まさに時節到来のモデルであることは間違いありません。自社の機能や構造を中心に組織化するのではなく、新たな成長機会に基づいて組織を作り、きわめて顧客中心主義の抜本的な分権化へのニーズと言えます。」

それは、次のような疑問を提起します:「特に、ポストコロナの分散作業においてアドホクラシーが会社組織にふさわしい戦略であるならば、アドホクラシーによって会社の歴史自体が終焉してしまうのか?」 しかし、アドホクラシーの創始者はこうした意見をすぐにしりぞけます。「もちろん、過去10年間ほどの、私たちが慣れ親しんだインターネットと強烈なグローバル化の力の登場以来、私たちの知る仕事の世界は根本的に変化してきました。そして、この先も、誰も予測もできない形で進化を続けるでしょう。」

「しかし、『アドホクラシー』が明らかにするように、全ての組織に対処できる万能モデルというものはもちろん存在しません。組織モデルの主な3つの特徴は、官僚主義、メリトクラシー、そしてアドホクラシーです(どれも一長一短があるため、会社の状況によってふさわしい場合もそうでない場合もあります)。そして、この特徴は常に変化します。事業のコツは、こうした特徴と共に柔軟に変化することです。」


事例記事 ‘CI&T: Building an entrepreneurial management model’JULIAN BIRKINSHAW、Carolina Wosiack著)London Business School case collectionにて公開中です。

Source: Think at London Business School


Julian Birkinshaw

London Business School Professor, author of Fast/Forward

Nick Mickshik

Winner of the people's choice Masters of Reinvention Award

Carolina Wosiack

Managing Director EMEA, CI&T