製薬業界におけるアジャイル

2022年6月07日 | 分程度で読める記事です
By

CI&T

はじめに

先日CI&Tは、日本のトップ製薬企業である参天製薬、田辺三菱製薬、アステラス製薬のDXリーダーを招き、「あたらしい現実:「今」集中することで生み出される文化とは」と題して、ディスカッション形式で語るウェビナーを開催致しました。

今、デジタルトランスフォーメーションの過程で、“アジャイル”を導入し、構造改革を行おうとする企業が増えてきました。“アジャイル”とは、計画、開発・実装、テスト、開発を数週間の短いサイクルで回し、それを何度も繰り返すことで成果物を積み上げていく手法のことです。この変化の激しい時代において、顧客のニーズに寄り添ったものを迅速に構築できるとして、“アジャイル”が重視され始めました。製薬業界で必要とされているトランスフォーメーションについてディスカッションした今回のウェビナーでもやはり、“アジャイル”に注目が集まりました。

ウェビナーとその後の質疑応答では、日本のトップ製薬企業のDXリーダー達と、CI&Tのシニア・オペレーション トランスフォーメーションマネージャーであるローズが、現在の製薬業界においてなぜアジャイルが必要なのか、参加者の方々からの質問をもとに語ってくれました。


製薬業界においてアジャイルが必要な理由

COVID-19のパンデミック以降、製薬会社は外部環境の変化の中で、複雑な問題に対して迅速かつ効率的なソリューションを提供するために、自らを改革する必要があることに気がつきました。その中で“アジャイル”へのニーズが高まってきています。製薬業界においてアジャイルが必要な理由や、アジャイルをどのように取り入れていくべきか、参加者の方々からさまざまな質問が寄せられました。


―アジャイルとウォーターフォールは使い分けるべきですか? Yesならば、アジャイルアプローチを取るべき案件と、ウォーターフォールアプローチを取るべき案件はどのような基準で切り分けるべきですか?

ローズ:プロジェクトをアジャイルで行なうか、ウォーターフォール手法を採用するかは重要なポイントではありません。もっとも重要なのは、トライ&テスト、測定、改善というマインドセット。アジャイルを採用しても、挑戦と改善のマインドセットがなければ、変革は起き得ません。一方、ウォーターフォールであっても、継続的な改善マインドがあり、試行と改善のサイクルを繰り返すことができれば、十分に変革に繋がります。このアプローチが適用でき、トライ&エラー、改善のサイクルを回せるようになったら、次はそのサイクルを短くしていきます。それにより、より素早い変革プロセスの創出が可能となるのです。

―バリデーションが必要な規制領域において、アジャイルでのシステム開発の取り組み事例があれば教えてください。

原:これまでのところ、その事例はありません。CSV(Computerized System Validation)は、設計・実装・運用にわたるドキュメンテーションと言い換えてもよいものであり、その部分までアジャイルにすると頻繁な文書改訂を回しきれないリスクがあると考えます。ただ、開発環境ではアジャイル、バリデーション、本番環境ではウォーターフォールでドキュメンテーションという組み合わせは、将来的にあり得るかもしれません。現状、弊社でCSVを要するシステムは、なるべくSaaSやパッケージソフトウェア、CROなどへのビジネスプロセスアウトソースのいずれかによる実現を志向しています。各地域・国でさまざまに変わり得る規制への対応や、ビジネス拡大・変革への対応をするためには、限られたリソースのアウトプットを最大化する必要があります。規制領域では多くの場合、自社の独自色を出す必要があるケースは少ないと仮説し、SaaSプロバイダー、CRO、ITベンダーといった「その道のプロ」の力を借りて、ベストプラクティスを極力シンプルに活用するという考え方です。弊社の長期ビジョンで掲げた、価値最大化のために他者の強みを活かすというアプローチに繋がります。将来的に、規制対応しつつ、弊社の独自色を出すべき課題や案件が増えてくる場合には、アジャイル+ウォーターフォールの組み合わせもあり得ると考えています。

―アジャイル開発など、前例がない施策における成果測定の判断について、やり方が決まったコモンプラクティスでは、インプットに対してリターンがある程度計測できる一方、新しい施策に取り組むうえでは、「やってみるまでわからない」ことも多い。そういった状況でステークホルダーに対し、どのような成果主張をしていけばいいでしょうか?

ローズ:アジャイルとは、物事を循環的に実行する「手法」であり、「プロジェクト管理」とは切り離して考えています。プロジェクト管理は、プロジェクト開始時の計画に基づいて行われる必要があります。スケジュール、ロードマップ、マイルストーン、コストはどんなプロジェクトでも管理すべき重要なものであり、アジャイルプロジェクトでもそれは同じです。従来の手法との違いは、柔軟に追加や変更ができることですが、変更した場合の影響を分析する必要があるのは、他のプロジェクトと同様です。CI&Tでは、もしコストに影響があるのなら、図表などに落とし込んで見える化・分析し、決定を下します。

―これまで、患者が既存の企業や行政に相談をしても、ソリューションが得られないことに踏み込むには、患者自身が課題をリスト化し、アジャイルにソリューション確立していくことに挑戦しなくてはならないのでしょうか?

金子:これまで、製薬会社は患者さん中心と言いつつも、真にそこに触れてきたことは少なかったように感じます。規制という障壁もありますが、患者さんのために仕事をするという意識をもって、製薬企業が挑戦を始めなくてはならないと感じています。そして、患者さんに繋がるためには、これまで経験をしてこなかったアジャイルの考え方が必須だと思います。

―開発にアジャイルを入れるだけの製薬企業は、そのまま時代に遅れていくのではないでしょうか?

金子:製薬会社も真に患者オリエンテッドにならなければならないと考えており、患者さんが本当に欲していることに応えながら、患者さんに繋がっていくことを追求するなら、本当の意味でのアジャイルが必要になると思います。これが、今後の製薬会社のあるべき姿と信じ、追及していきたいと考えています。



アジャイル×スクラム×プロジェクトマネジメント?

アジャイルは技術の枠を超え、あらゆる制作現場に適応できるプロジェクトマネジメントの代替え手法として注目されています。そのため、その原理や前提だけでなく、フレームワークやアプリケーションも知っておく必要があります。その中でも、スクラムは組織内のあらゆるプロジェクトや行動、生産のフェーズを短期間で開発し、継続的に顧客に価値を提供するダイナミックな管理モデルです。アジャイルにおけるスクラムの取り入れ方や、アジャイル導入の際のリスクやコスト面の不安など、参加者からの質問にDXリーダー達とローズが具体例を用いながら回答してくれました。


―アジャイルとPoC(Proof of Concept)は同義の部分もあるのでしょうか?

ローズ:アジャイルは「手法」であり、スクラムはアジャイル手法の一つです。スクラムでは一連の作業(バックログ)を、サイクル(実装・テスト・改善)を回して行い、すべてが完了するまで、そのサイクルを繰り返します。PoCは、ソリューションの実装を最終化する前に、サイクルの中で物事を確認する方法として使います。試す、測る、改善するという考え方は同じですが、解決する内容の範囲が異なると考えます。

―イノベーティブな施策をアジャイルかつリーンに推進したいと考えています。他方、社内の意思決定プロセスが律速となり、試作のサイクルを短期間で回すことが難しいという課題を感じています。従来型の活動を前提とした社内の意思決定プロセスとアジャイルな活動の両立について、どのようにお考えですか?

須田:同じ課題を当社でも抱えています。特にライフサイエンス企業は、人命や人の健康に直接的に影響を及ぼすビジネスをやっているためか、意思決定に至るプロセスが長いと感じています。有効なアジャイル型活動は権限委譲を伴いますが、委譲する側も委譲される側も覚悟が必要です。特に委譲された側は、委譲された権限と責任を、覚悟を決めて遂行する必要があり、せっかく権限委譲されたのに上司に相談していては形式だけのアジャイルになってしまいます。

―アジャイルを導入する際の費用計画はどのようにされていますか?ウォーターフォールでは全体感が当初からある程度あると思うのですが、アジャイルでやるとなると読めなくなるのではないかという危惧があります。経営層ではどのようにアジャイル案件の費用の妥当性を評価しているのでしょうか?

金子:アジャイルを適用すべき案件に、正しくアジャイルを実践すれば、アジャイルの費用がウォーターフォールの総額を超えることはないと考えています。それだけアジャイルの手法のほうがリスクを軽減できると考えています。プロジェクトの投資計画ということであれば、最も重要な機能の開発に絞り、第一弾の投資計画を立て(バッファはある程度取ります)、その後は定常の運用に継続の改善費用を乗せた形で予算化するのが良いと思います。大きな改善が出来た場合は、NPVをはじき、別途プロジェクトを立てます。

原:戦略ドメインごとに活動目標のカテゴリー管理をしている場合、予算計画はプロジェクトごとではなく、戦略ドメインごとで行なうことにより、ドメイン内の複数のアジャイル活動が混ざった形で予算策定ができます。ドメイン内では活動の開始停止のタイミングなど自由を持たせられるようにして、他のウォーターフォール型案件とは違う粒度で予算管理できるのが理想と考えています。なお、経営層に対してプロジェクト単位での報告では粒度が小さすぎるため、戦略ドメインごとのROIを示すようにすると良いと考えています。弊社のデジタルポートフォリオ管理においても、予算の考え方、活動成果のトラッキングの仕方などを含めたグローバルデジタルガバナンスの枠組みの見直しが進行中です。

コストプレッシャーがあるだけに、価値が見えない中での投資は正当化が難しいと思います。ビジネストランスフォーメーションとデジタルトランスフォーメーション、その進め方としてのアジャイルのコンセプトは賛成だが、具体的な投資になると止まってしまうというケースがよくある。ディシジョンメーカーに対してどのようにチャレンジを進めるべきですか?

金子:多くの場合、価値を見せることが難しい中でも、見せていくことが必須と感じます。精緻に見せることが難しければ難しい時ほど、その時の会社にとって必要となる本質的な変化、大きな変化(トランスフォーメーションの姿)を、経営目線で定量的数値も含め見せていくと効果的だと思います。その変革のイメージを実現するためのものとして、「これらの施策があります、しかし試してみなければわかりません」という言い方で進めていかれればよいかと思います。

―アジャイル型では失敗する確率も高くなると思っています。日本企業は失敗への許容度が低いと思うのですが、アジャイル型において、失敗することへの心のハードルをどのように下げていますか?

須田:「アジャイル型により失敗確率が高くなる」ということとは別の考え方をしてみてはいかがでしょうか?不確実性が高まっている時代において、「やってみなければわからないこと」が増えています。その時代における取り組み方として「致命傷になる失敗を避けるためにアジャイル型を用い、小さな失敗から学習して成果を出す」と考えると、「失敗する確率が高いこと」が必ずしも悪いとは限りません。ただ失敗へのハードルを下げるのではなく、やって良い失敗(学習できる失敗、挑戦に伴う失敗、リカバリーできる失敗)と、やってはいけない失敗(学習するものがない失敗、致命傷となる失敗)を区別することで、やって良い失敗に対するハードルは探すのではないでしょうか。

ローズ:アジャイル手法では、タスクを細部化し、その都度確認をしながら進めるので、毎回きちんと振り返りをして改善を重ねれば、一つの失敗は小さな失敗(手戻りが比較的少なく修正可能)となります。一つ一つの小さな失敗を改善することで、結果として成功に導くことができる確立は、従来の手法よりも高いかもしれません。また、予想外に状況が変化した場合、途中で方向性を変更することも可能です。ですから、アジャイルを失敗率の高さで測るのではなく、より柔軟で適応性の高いモデルで小さな失敗から学ぶ機会として捉えてはどうでしょうか。

原:複数の小さな失敗から得られるメリットはたくさんあります。新規ドメインのビジネス環境の理解、サービス化・事業化において過去に想定できていなかった重要ポイントやリスクの洗い出し、人材やプロセスの強化ポイントの抽出ができるなど、将来への投資と考えるべき。ポイントは「小さな」失敗であること。アジャイルで行なうことにより、案件にストップをかけられるタイミングが早く来るため、Sunk Cost(埋没コスト)は小さくすみます。要はSunk Costの総額よりもはるかに大きなベネフィットが最終的に出てくればいいのですが、そのためにも失敗からの学びを活かし組織のケイパビリティを上げていく必要があるのではないでしょうか。


リーダーの役割

CI&Tがアジャイル開発からウォーターフォール開発へ移行する際に、どのようにリーダーシップが変化したか、シニア・オペレーション トランスフォーメーションマネージャーのローズが語ってくれました。

―アジャイルにプロジェクトを進める上でチーム作りは重要だと理解していますが、チーム外の組織や人をプロジェクトに巻き込んでいくために、どのようなことを心掛けていますか?

ローズ:リーダーの役割が重要です。開発チームがアジャイルに取り組んでいても、社内の他のメンバーがそうでなければ、おそらく社内がビジネストランスフォーメーションを実現することはできないでしょう。すべてのステークホルダーに改善の意識を持たせることが重要です。方法としては、小さな目標をいくつか立て、小さな成果をいくつも上げ、信頼を高め、アジャイルという異なるプロセスを採用することで、いつもと違う良い結果を残すことが可能であることを、チーム外の人々に示すことです。


まとめ/総括

バリューモデルやニーズに迅速に対応し、患者のためにイノベーションを加速していきたいと考える製薬業界において、アジャイルの導入は有益をもたらすと考えられます。しかし、どんな手法を取るにしても、一番重要なのは挑戦と改善のマインドセット。トライ&エラー、改善を繰り返すことで変革は訪れるのです。

CI&Tでは、リーン原則(顧客にとって価値のあるものだけを提供する、継続的な改善、焦点を当てたコラボレーション)に基づき、アジャイル手法の短いサイクルで俊敏性、スピード、実験のマインドセットをもたらすデジタル変革モデルを開発。数十年にわたる経験と学習によって構築された独自の「リーン・アジャイル方法論」を使用しています。生産性、品質、開発スピードなどを指標に取り入れることで、私たちのチームもお客様のチームも、プロジェクト全体やタスクの状況を一目で把握でき、高い透明性をもたらすことができます。また、より早い段階で問題を発見することができるため、チームはその時点で調査・改善を行なうことができるようになりました。アジャイルの導入に不安を感じる企業もあるかもしれませんが、私たちのリーンアジャイルプロセスは、ぜひ試していただきたい方法です。


当日のウェビナー動画も、弊社ウェブサイトで公開しております。
ご覧になりたい方は、こちらのページから無料でアクセス頂けます。
ウェビナーの後の質疑応答は、こちらのページからアクセス頂けます。
ウェビナーレポートは、こちらのページからアクセス頂けます。
ぜひ、併せてご覧ください。